「氷室先生の指導はとっても厳しいけど
でも、やっぱり私、吹奏楽部に入って良かったと思うの!」
とは、同じクラスで・・・
入学式の時に「初めて」会った
他の生徒は、・・・中等部からの繰り上がり
そんな、はばたき学園に、高等部から入学してきた彼女は
俺の事をよく・・・知らない
俺は・・・、人と付き合うのが苦手で
常に、距離を保って接してきた・・・
そう言うと聞こえは良いけれど・・・
誰かが俺に・・・声を掛けてくる事は・・・無い
それは・・俺が返事もしないような態度だからだと・・・思う
でも、それが苦になった事は無い
むしろ・・・人と付き合うことの煩わしさは・・・
俺にとって心地よい物では・・・なかったから
これが過去形になったのは・・・へ電話をしたことが始まり
見覚えのある「小学生」
それは、かつての思い出の中にあった面影で
そこから「途切れかけた糸を手繰り寄せるような」思いで・・・
俺は・・・の携帯に電話をかけた
そして・・・一本の電話は俺の「思い出」を現実の世界へと呼び戻してくれた
「で、楽器・・・は?」
「サックス!正式にはSaxophone、どんな楽器かわかるかな?」
「・・・・ああ、そのくらいの知識は・・ある」
俺たちは、俺がかけた電話が切っ掛けで、こうしてデートをしている
森林公園の噴水の前で・・・部活の事を懸命に話す・・・
俺は・・・「ああ」とか「・・・ん」とか
そんな返事しか出来ないけど・・・
と話す・・・この間合いは・・・なぜか心地よい
「今はね、氷室先生の出してくれた課題と言うか、基礎の勉強かな
まぁ、とにかく音を出すことからはじめなきゃいけないし
この音って言うのがこれまた、いろいろ難しくって
思うように音を出すって、まだまだ出来ないの
何しろ、マウスピースだってこの間ようやく自分のを手に入れたくらいだから」
「・・・ふうん」
「あのね・・サックスって、いろんな種類が有るんだよ」
「・・ん」
「ソプラノ、アルト、テナー、バリトン」
「・・・・ああ」
「あ・・・、ごめんね、私ばっかり話して、葉月くん興味なかったかな?」
「・・・いや」
「でも、面白くないよね?」
「・・・・別に、聞いてるから話せばいい」
は・・・俺に気を使ったのか、それからは、部活の事は話さなくなって
俺のしているバイトの事・・・学校の事を話し出した
俺は・・・結局・・・同じように
「ああ・・・」とか「・・・うん」とか答えてしまったけれど・・・
4月・・・入学式から・・・半月ほどが経って
・・・高校生活が日常になってきた頃
俺は・・・商店街の楽器店にきていた
サックスを目の前にして・・・俺が固まっていると
人の良さそうな初老の店主が・・近づいてきた
「サックス、やってるのかい?」
少し白髪の混じった優しげな笑顔で俺に問いかけた
俺は・・・黙って首を横に振る
「でも興味があるんだろう?」
「誕生日のプレゼントを・・さがしてて
そいつが・・・サックス吹いてるから」
「友達にプレゼントか
それなら、あんまり高価な物じゃないほうがいい、君くらいの歳だと」
「・・・いや、それは・・・別に」
「受け取った方は、別に良いってわけには行かないもんだよ」
受け取る相手のこと・・・・
今まで考えたことなんてなかったことに気づいた
と言うよりも
誰かに何かをプレゼントしよう
そう思ったのは・・・・はるか昔のことだからだ
俺は・・・サックス本体の売り場から離れ手招きする店主のところへ向かった
「リガチュアって部品なんだけど、これなんかどうかな」
「・・・リガチュア」
店主がショーケースから出してくれたのは、銀色の小さな輪だった
「何に・・・使う物ですか?」
「これは、リードを固定する留め金と言うか、説明すると長くなるけど」
「・・・これを使うと、どうなるんですか?」
「そうだね、リードの振動にリガチュアのノイズが加わると
サックス本来の音が変わってしまうんだよ
初心者は、下止めのリガチュアを使う事が一般的だけれど
少し上達したらこっちのリガチュアを使うと音が変わるのがわかると思う」
俺は説明を聞いてもさっぱり解からなかったけれど・・・
店主の持ってる・・・リガチュアという金属が
サックスの音を変えてゆけるのかと思うと・・・不思議な気がした
・・・とある金曜日の放課後
俺は、制服のポケットの中の「小さな銀色の輪」を渡すタイミングを見計らっていた
今日は・・・の16歳の誕生日
にそれを聞いたわけでは・・・ない
俺の記憶の中に・・・ずっとしまい込まれていた特別な日
「ちゃん、早く行かないと氷室先生に怒られちゃうよ」
「あ〜日直の日誌を書いてからだから、ん〜〜、先に行ってていいよ!」
「じゃ、音楽室にいってるからね」
に声を掛けた女子生徒が、廊下を駆けてゆく音がして
教室には、机に伏して寝ていた俺と、日誌を書くだけになっていた
ガタッ・・ガッシャン!
日誌を書きおえたが、少し慌てて立ち上がると、勢い余って椅子が後ろへ倒れた
「あっ!」
俺が顔をあげると、が申し訳無さそうにこっちを見た
「葉月くん、ごめん!ゆっくり眠ってたのに」
「・・・いや」
俺は、鞄を持ってのところへ近づき
・・・ポケットから「銀の輪」を取り出した
「あ、起きちゃったから帰るんだね、本当ごめんね」
「・・・・別に構わない・・・で・・・これ」
「え・・・これ?」
「ああ・・・これ・・・おまえの」
「私の?・・・・何これ?」
「さぁ・・・・じゃ、俺帰るから」
「え・・?ちょっと葉月くん?!」
俺は、の声には振り向かず・・教室を後にした
ゆっくりと昇降口を出て・・・校門へ歩いて行くまでの間に
校舎の方から、すこし音のずれた音楽が聞こえてきた
その楽曲は「HAPPY BIRTHDAY」
きっと、吹奏楽部の友人が・・・の誕生日を祝うために演奏するのだろう
俺は・・・心の中で一緒に・・その言葉を歌う
HAPPY BIRTHDAY TO YOU・・・
いつか・・・きっといつか
リガチュアとは違う・・・
銀色の輪を・・・プレゼントしたい・・そう思った
END
dream−menu top